書き上がったレポートを読み「これってどういうことなのかしら?」「こうなる理由はなんなの?」「ここに書いてあることと、こっちに書いてあることはどんな関係があるの?」と、分からない人ならではの素朴な疑問を投げかけてみましょう。その指摘によって「あ、この説明を入れ忘れた」「論旨が飛躍し過ぎて破綻している」ということに気づくこともあります。レポート制作の場合「読み手がテーマについてよく知らない」ほうがいいときもあるのです。良い文章を書くためには、良い読み手が不可欠だということは、何も作家に限った話ではありません。「こんなことを入れたほうが先生のウケがいいんじゃない?」など、大人の知恵を授けるのもいいことでしょう。このように、国語力の養成において、親の果たす役割は絶大です。「家事が忙しいのに、面倒」とか「分からない」などと言わず、ぜひ子どもにつきあってください。そのことにより、親自身の国語力がアップする、という「余禄」もつくのですから。
60年代メイクの象徴が、ミニスカートの女王として当時大人気だったモデルのツイッギーだ。小枝のように細い足と、まつげとアイラインでばりばりに目元を強調した彼女は、日本女性のメイクやファッションに多大な影響を与えた。ところが、70年代に入るとつけまつげの人気は急落してしまう。扁平な顔に異様に長いまつげをつけたところでしょせん彫りの深い顔は望めず、西欧人の顔立ちには近づけないこと、違和感がありすぎることに気がついたのか、女性はつけまつげやアイライナーを捨て、アイシャドーを積極的に使い始める。くっきりはっきり、コントラストの強いメイクに代わって主流となったのが、ぼんやり顔のメイクだ。眉は一転して薄くなり、口紅もオレンジ色やベージュが好まれた。
死を生活と切り離す風潮にはあまり賛成できない。納棺時には衣服をあらためる。かつては「仏衣」といい、修行僧の旅姿になぞらえた死装束を身につけた。仏弟子としてあの世に送る、死者は仏弟子として修行の生活に入る、という考えからである。今はあまり人気がない。故人らしい服装で、というのがしだいに増えつつある。しかし、この着替え、死後硬直が進んでくるとうまくできない。それで上からかけてすますケースも多い。もし最後に着せたい、あるいは着たいと故人が思っていた服があるならば、病院での死後の処置のときに着替えさせるのがよい。納棺の前に「湯潅」をすることがある。かつては親族や地域の人が汗だくでやったものであるが、今は在宅入浴サービスから転じた専門業者の手で行われる。公衆衛生的には、温湯を使った洗浄は雑菌を増殖させ、腐敗を進行しかねないので、最後にきれいにしてあげたいという心情は理解できるが、あまり勧められない処置である。